1-3.「渋谷区」は「渋谷市」じゃだめなの?

前回の投稿では「渋谷区(特別区)」と「横浜市金沢区(政令指定都市の区)」の違いについてご紹介しましたが、そのなかで「区(特別区)と市って結局のところほとんど同じじゃないの?」という疑問が浮かんできました。

「渋谷区」が「渋谷市」ではないのはなんででしょう。私の出身地ではそもそも「区」という地名がなかったので、「渋谷市」よりも「渋谷区」のほうが都会感あふれるキラキラしたイメージがあるのですが……。

特別区と市、比較してみた

まずは、こちらの表をご覧ください。特別区と市についていくつかの観点からまとめました。

23区
(特別区)
役所 区役所 市役所
首長 区長 市長
首長の選び方 選挙 選挙
議会 区議会 市議会
条例の制定 できる できる
職員の採用
学校 区立小中学校 市立小中学校
区の財産
(土地など)
あり あり
人口 規定なし 居住人口5万人(※)以上
首長公選の歴史 1952~74年公選廃止
1975年以降公選
1946年以降公選
都道府県との関係 一部、市の業務を都が行う 基本的に独立
収入源 区税、財政調整制度に基づく
都の交付金等
市税、地方交付税交付金等

(※)市はさらに、指定都市(政令指定都市)、中核市、特例市、その他の市に分類されます。詳しくは(総務省HP)をご覧ください。

それぞれ区役所/市役所があり、区長/市長がいて、区議会/市議会があり、条例を制定できる……

「区」「市」という名前は違えど、特別区と市が果たしている役割には大きな違いが見られません。首長や議会を選ぶ選挙の仕組みも現在は同じです。

「千代田町」出現?!

でも、「人口」のあたりから両者の違いが見えてきます。

特別区はとくに人口についての規定が見当たりませんでした。しかし、市になるには5万人以上の居住人口が必要です。

実は、特別区(東京都23区)のなかでもっとも居住人口の少ない千代田区は、最新の国勢調査(平成22年)での居住人口は 47,115人!

……ということは、千代田区は「市」にはなれません!

仮に市町村制度を当てはめると千代田区は「千代田町」なんですね。町より市が偉いなんてことは全くありませんが、国会議事堂も皇居もある日本の中枢が「千代田町」……うーん、複雑な感じがしますね(笑)

※なお、平成26年10月現在では千代田区の人口は5万人を上回っています。

人口の規定に違いがあることはわかりましたが、これだけでは「渋谷区」が「渋谷市」と決定的に違う、と言われても腑に落ちません。

戦後民主化されたのに、区長を選挙で決めない時代があった!

首長公選の歴史の欄を見てみると、特別区の欄に「首長公選廃止」とさりげなく書いてあります。これ、初めて知った方も多いのではないでしょうか。

市の首長(市長)は、1946年以降ずっと公選、すなわち選挙で決めています。しかし、特別区の首長(区長)は、1946年に一旦は公選になったものの、その後しばらく公選が廃止され、1975年以降に再度公選となりました。

区長公選が廃止されていた間は、区長は区議会が都知事の同意を得て選任する区長選任制が採用されていました。区民には直接区長を選ぶ権利がなかったのです。

これって、要は市民が市長を選べなかったということですよね。

それがただちに民主主義の否定になるとは思いませんが(総理大臣も直接選挙で選んでいるわけではないですし)、市はずっと市長を直接選挙で選んでいるのに区は違う期間があったというのは不公平な気がします。

選挙制度は現在では同じになりました。ですが、実はいまだに、市が基本的に道府県から独立している一方で、特別区は都から完全に独立しているというわけではありません。たとえば、消防や上下水道事業などのように、一般の市が担っている事業を都が担っているというものがいくつかあります。

一般の市と特別区がもっとも大きく異なるのは、その収入源です。

もし現在の市が区になったら、500万円以上予算が減る?!

東京都北区、足立区に接している埼玉県川口市。
万が一、川口市が東京都の特別区になったとしたら……

「川口区」は川口市だったときより500万円以上も使える予算が減ってしまう可能性があります!

何故でしょう?

市が市税としているものの一部が都税になったり、地方交付税がもらえなくなったりするからです。
下の表をご覧ください。

1-3_川口市事例

川口市の場合は、今予算に組み込まれている市民税(法人)、固定資産税、事業所税、都市計画税が都の収入となり、地方交付税も都が一括で受け取ることになるため、合計で537万円以上の予算が使えなくなってしまうかもしれません!

市と異なる特別区の収入の特徴は主に3つあります。

詳しくは、東京都HPに載っていますが、今回はこの一部をわかりやすくまとめます。

(1)市町村税の一部は都のもの!

一般に市税とされているもののうち、市町村民税法人分、固定資産税、特別土地保有税、事業所税と都市計画税は特別区の収入とはならず、都の収入(つまり、都税)となります。

(2)国からの地方交付税はもらえない!

都と特別区は一体として一つの団体とみなされているため、区は国からの地方交付税をもらえません。

(3)「都区財政調整制度」

先ほど、一般には市税なのに都税として徴収される税を紹介しました。都は、このうち固定資産税、市町村民税法人分、特別土地保有税の収入額の一定割合(平成19年度から55%)を財源として、各特別区に交付します。

つまり、特別区は、一般の市であれば自ら徴収して自由に運用できたはずの税金が、都によって徴収されてしまいます。そのうえで、都はこの一部を各特別区に分配しており、これが各特別区の収入源となります。
市は、道府県から基本的に独立しているので、収入の面でも県が調整して各市町村に配分するということはありません。

もちろん、川口市が「川口区」になってさまざまな収入が都のものとなり500万円以上予算が減っても、都から全く収入を得ていないわけではありません。とはいえ、それはあくまで500万円のうちの半分程度が配分されるにすぎません。また、この配分の仕組みも都がすべての特別区に一律の金額を支給しているわけではないため、特別区の財政状況によっては半分程度すら戻ってこない可能性もあります。

都と特別区の関係性をめぐって

今までご紹介してきたことからもわかるように、「都と特別区」は「道府県と市」とは異なる関係があり、それが特別区と一般の市との違いに影響しています。

簡単に言えば、一般の市と比べて特別区は権限が小さく、そのぶん都の権限が大きいということになります。

だから、もし川口市が「川口区」になったら、実は川口市のときよりも権限が縮小してしまうことになります。

反対に、渋谷区は「渋谷市」になれば、それは今の特別区制度よりも大きな権限を持つことができるようになります。

区は市よりもキラキラしたイメージでしたが、実際には区は市よりも制限された存在だったのですね。意外でした。
特別区に市レベルの権限を求める運動も一部では起こっているほどだそうです。

そうはいっても、特別区と都の関係は、さまざまな働きかけの過程を経て変化し、特別区にも以前よりは権限が認められるようになってきました。

次回は、特別区と都が現在の関係性に行き着くまでの歴史的プロセスを中心にご紹介したいと思います。

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コメント

  1. […] 前回のブログでご紹介したように、区は、実は他の市と比べ都への依存度が高く、権限が制限されています。しかしながら、それでも区は歴史的な変遷の中で権限を徐々に得てきたので […]